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読書メモ:心配学①

・わからないから心配になる

確率の大小はさておき、不幸な出来事が起きるのか起きないのかわからない状態が心配を生み出す。

結果が確定した瞬間に心配はどこかに行ってしまい、安堵、絶望、悲しみ、怒りなど、別の感情があなたの心を支配することになります。

 

リスクとは、「不幸な出来事がここる確率が0%以上より大きく、100%より小さい状態」

死亡すること自体はリスクとはいえませんが(いずれ確実に死を迎える)、死因や期間を限定して死亡することを考えると、それはリスクだといえます。

 

心配とは、「何か不幸な出来事が起きるかもしれないと思っている」こと。

そして不幸な出来事は起きてほしくないので、その原因になりそうな危ないことを避けようとします。(危険回避の原動力)

しかし、「本当の確率」と「感じる確率」は大抵ズレており、このズレが大きいと、私たちの危険回避行動はとんちんかんなものになってしまいます。

 

・リスクに関する情報の多くが、危険性が強調されて伝えられる理由

1.滅多に起きないことのほうがニュースバリュー(価値)が高い

2.ショッキングな内容や、感情に訴える内のほうが興味をひける

3.リスクを高めに報道しておけば、あとで批判を浴びずに済む

 

私たちの脳は飽きっぽいので、既に知っていること、よくあることには興味を持てませんが、めったに起きないことの情報は欲しがる傾向にあります。私たちは、よりショッキングな出来事に興味をひかれます。

 

統計情報が網羅的に掲載されている資料は、客観的ではあっても、とっつきにくく、わかりにくいものです。

それよりも、コメンテーターが「こわいですねえ」とか「許せないですねえ」などと訴えるほうがずっと感情移入しやすいし、”理解したような気にもなる”ので、私たちはそういうメディアを好んで選択します。

 

マスコミの人たちは意図的に危機意識を煽ろうとしたり、どこかに黒幕がいて、その黒幕の陰謀にしたっがて情報発信しているのではなく、世間が求めているものを発信しているだけなのです。

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